公開日:2016/4/8

WIXOSSコラム 第77回
「WIXOSS-TWIN MEMORIES-」番外編ショートストーリー

絶賛発売中の「WIXOSS」ノベライズ作品
「WIXOSS-TWIN MEMORIES-」
本作に登場する“あのキャラ”たちに焦点を当てた、円まどかさん作の番外編 ショートストーリーを公開!

既読の人はニヤリとできる内容ですが、未読の方はぜひ、小説本編と合わせてお楽しみください!

「馬鹿な子ほど可愛い?」
作:円まどか

 最近、この幼馴染を見ていると、『馬鹿な子ほど可愛い』ということわざが脳裏に浮かぶようになってきた。

「サキ! ねぇ、サキ、見てくださいな、このショット! 上手く撮れているでしょう?」

 教室に入る直前、目の前につきつけられた携帯電話の画面には、清楚だと評判のクラスメイトのナナメ45度の顔。

「……それ、盗撮でしょ。犯罪よ」

 咎めるように言ったつもりが、幼馴染は勝ち気なドヤ顔で携帯をうっとりと眺める。

「あらやだ、サキったら羨ましいの? だったら素直にそうお言いなさいな、データなら共有して差し上げてよ?」

「いらないし」

 日本語まで通じない。

 呆れてモノを言う気も失せた。

「昨日も莉咲さんは美しゅうございましたわ。今日はどんな美しい顔を見せてくれるのでしょうね? ああ、あの方が本当に微笑みかけるべきは、生徒会役員でもある、このわたしだと思いませんこと? それなのに、ああ、それなのに……。フッ、これ以上は申しませんわ。人生は果てしなきパーティ、ままならないことのひとつやふたつ、あって当然というものですわ」

 芝居がかった言葉。

 いつものことなので、まるっと聞き流す。

「ああ、早く莉咲さんとペアのような関係になりたいものですわ」

 ……無理っしょ。あの人には既に相棒みたいな子がいるし。あと、そのキモいお嬢さま言葉を何とかしなよ。

 そうツッコミを入れたかったがやめておく。ヤブヘビはゴメンだ。

「つかさ、あたしの前でだけ『莉咲さん』って呼ぶの、やめてくれる? そういうのは本人の前で呼びなよ」

「いやーん、それができたら苦労しませんわ」

 何を想像したのか、頬を染めてクネクネしている。

「あのさ……前から言おうと思ってたんだけど、あんた、ストーカーみたいなんだけど。気持ち悪がられるよ?」

 既に手遅れのような気がしたが、幼馴染の情けだ、言わないでいてやろう。

「んまっ! ストーカーですってぇ!?」

 オーバーアクションで反応された。

 耳元で大声を張り上げるのは、マジでいい加減にしてほしい。

「わたしが!? 鳴海家の長女であるこのわたしがストーカー!? あなた、馬鹿も休み休みお言いなさいな」

「うわー、馬鹿に馬鹿って言われちゃったよ」

 思わず声に出てしまった。

「……今、何か言いまして?」

「いーえ」

 慌てて作り笑顔を浮かべる。

 人を疑うことを知らない、単純な幼馴染には、これで十分だ。

 案の定、このお人好しは「わたしの気のせいなのかしら」とか何とか言って、納得している。

「ていうかさ、ルミ、玉置さんに全然相手にされてないんだから、いい加減に諦めたら?」

「莉咲さんはとてもシャイな方ですもの、わたしの誘い方が強引だから頷いてくださらないだけで、本当は生徒会室にだって来てみたいと考えてらっしゃるはず!」

「そーかなぁ?」

 毎日のように玉置さんに声をかけては、スルーされまくっているというのに、この幼馴染のメンタルの強さはどういうことだろう……?

 この鈍感力は見習いたいものだ。

 クラスメイトが、あたしたちをじろじろ見ながら、身体をナナメにして教室に入ってゆく。 

「ルミ、教室に入ろう? あたしたち、みんなの邪魔になってる」

 空気の読めない幼馴染の腕を取って、ドアの内側に押し込むように、教室に入った。

 これで平和になると思いきや。

「あら、ごきげんよう、玉置さん。今日は早いんですのね」

 例の『お嬢さま』が既に席にいた。

 地味な灰色の名刺用っぽい事務ファイルに並んだカラフルなカード――ウィクロスのカードだ――を眺めている。

 そういえば数年前、ウィクロスが大流行した時期があった。

 「子供だまし」と一刀両断して近寄ろうともしなかったルミだったが、その後で、玉置さんが校内一強いんじゃないかと噂されていることを知るや、ルミは手のひらを返してウィクロスを始めたのだ。けれどその直後、何故か玉置さんはウィクロスから距離を置くようになってしまった。

 ルミの目的は玉置さんに近づくことだったし、あたしもそんなルミに引きずられて始めただけだったので、あたしたちの間で、それは過去の思い出になってしまって久しい……。

 あたしが懐かしい思いにふけってる間に、ルミは玉置さんに近づいていった。

 いつか教えてやらなければならない。必死でクールぶって無表情を作ろうとしてする度に、微妙にだだ漏れな本心のせいで、かなりの変顔になってるってことを。

 そして、声をかけられた方は、ルミの顔を見た途端、明らかなうんざりオーラを発し始める。

 変顔を見たからではないだろう。だって、玉置さんは最初のうちこそ笑顔で接してくれていたものね。なのに、最近ではもうウザそうな表情を隠そうともしないということは、ルミには悪いが、まぁ、そういうことなのだ。実は、この『お嬢さま』の正直なところ、あたしは好きだったりする。

 そして、ふと気がついた。

 いつも玉置さんにくっついている、あの編入生の姿が見えない。

「わたくし、校門前で玉置さんとお会いできるかとワクワクしておりましたのよ? でも、教室でお会いできて嬉しいですわ」

 そりゃ同じクラスなんだから、欠席しない限りは教室で顔を合わせるだろうよ。

 心の中でツッコミを入れる。

 その矢先。

 ガタッと玉置さんが椅子の音を響かせて立ち上がった。

「……失礼。お手洗いに行ってまいりますわ」

「あら、では、わたしも……」

「ひとりで、行ってまいりますわね」

 にっこり。

 笑顔でルミの行動を制して、玉置さんは教室を出ていってしまった。

「……ほーら、やっぱり相手にされてないじゃん」

 もう諦めなよ、と言外に含ませてみる。

 けれど。

「今のは突き放されて当然かもね。トイレについて行こうだなんて、考えてみればデリカシーに欠けた発言だし」

「…………」

 ホント、この子、メンタル強いわ。

 そう言ったルミの視線は机の上、玉置さんが置いていったファイルに注がれている。

 思わずひやりとした。

 ……案外、迂闊な人だな。

 胸の中で舌打ちする。

 カードを入れたファイルを置いたまま席を外すのは良くない。ウィクロスをやっているのなら、カードがいかに大事かなんて言うまでもないし、カードが持ち去られでもしたら、嘆くのは本人だというのに。

 どんな人でも『魔が差す』ことがあるものだ。それを知らないほど子どもでもあるまいし。

 ぱらりとファイルをめくって、ルミはあたしを見た。

「ねぇ、サキ。莉咲さんって、またウィクロスを始めたのかしらね?」

「……そうみたいね」

 きっとあの編入生がそそのかしたのだろう。

 が、そのことは黙っておく。

 火がついたら面倒なことになる幼馴染の感情に、わざわざ油を注ぐ必要もないだろう。何らかの理由で着火でもしたら大変。

 それに、ルミが次に何を言い出すかというのも、わかっている。

「わたしも……また、始めようかなぁ……」

 そう言うと思った。

「サキもやらない? カード、まだ捨ててないんでしょ?」

 ファイルを元通りに机に置いた幼馴染は、『女神さま』が大事にしているであろうカードを持ち去ろうとなどとは頭の片隅にもないらしい。

 空気の読めない子だけれど、あたしは『馬鹿』がつくほど自分に正直すぎるこの幼馴染のことは嫌いではない。

「そうね、絵柄が好きだからね」

 そう言うとルミは、「当然よね!」と、自分の手柄でもないのに、上から目線でにっこり笑った。

 ……前言撤回。

 あたしは空気の読めない、上から目線のこの幼馴染が、ちょっと嫌いなのかもしれない。

 少なくとも『馬鹿な子ほど可愛い』なんてことわざは、あたしには当てはまらないのだと、何かを想像してニヤニヤしているルミを見て、強く思った。

【終】