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きっかけ
「んんん~~~悩ましいぃ~~もし相手がガンガン来るタイプだったら、こっちも積極的に攻撃に出られるけど、でもそのあとの展開がぁ~!」
ちよりはカードショップに置いてあるパイプ椅子に座り、テーブルに並べたカードを見つめながら頭をかかえていた。
今日は締め切りを迫ってくる出版社の担当を巻くことに成功し、今やちよりにとって“憩いの場”となっている、このショップにやってきたのだった。
「さっき買ったこの新しいカードを入れるっていう手も……ぐぁああ……!」
最近組んだデッキで戦術のシミュレーションをするも、“これだ”というものが思い浮かばない。考えれば考えるほど、「やっぱりこうしたほうがいいかも……?」という気がしてくるし、「こうなった場合はどうする?」という想定に答えがすぐ出てこないパターンも多々ある。
しかし、この『自分が選んだルリグ』にとっての、最強の戦い方があるはずだ。魅力や強さが最大限引き出されるバトルができる構成や戦術を考えてあげたい――ちよりはそう思っている。
――コツ、コツ、コツ。
「ハロ~ちより!やってるー?」
そこにやってきたひとりの女性。肩の上ぐらいまでのウェーブがかかったミディアムヘアに、ショートパンツ姿の――あきらだ。
「あきらさん!ちよりは今、ずばっと新しい戦法を練ってるとこです!あきらさんは今日もぜっこーちょーって感じですねえ~!」
ちよりの目には、あきらはいつも自信に満ちていて、輝いているように見える。――自分と違って。きっと自社ブランド製品の売り上げも、好調なのだろう。
「まぁね~♪バトルするなら、受けて立つけど?」
あきらとはウィクロス仲間だ。こがねに紹介しようかと言ったのもあきらのことで、特に約束や連絡をするわけでもないが、会えたときにはよくバトルをしている。
自分とは住む世界が違う人なのでは、と最初は思った。そんな人と気軽に接していいのか、と。しかし次第にあきらもただ単純にウィクロスを楽しんでいる人のうちのひとりだとわかり、それ以来、余計なことは考えるのをやめた。
『今日はこのデッキで、あきらさんに勝ってやる――!』
ちよりはそう気合いを入れ、再びカードに向き合う。あきらが一緒に考えようかと提案してくれたが、そうはいかない。自分で考えたデッキで、自分で考えた戦術で勝ちたい。待たせるのは申し訳ないが、あきらにはもう少しだけ時間を潰してもらうことにする。
しかし、少し店内を見てまわったかと思えば、すぐにちよりの隣の席に戻ってきたあきら。そのあとは、なぜかちよりの方を見ながらニコニコ――ニヤニヤ?していた。
どこか気恥ずかしいような気持ちをおさえながら、どうにか戦い方をまとめていくちより。
「あー、そういえば……」
突然あきらが頬杖を解き、顔を上げた。
「今日、るうるうとかひっとえーが来るらしいんだけど、知ってた?」
「え、るう子さんたちが?」
るう子とは、彼女が社会人になって以降、あまり会えていない。会社員と違って、決まった休みがないちよりは、平日に働いて土日が休みになるるう子となかなか予定が合わないのである。
「なら、久しぶりにバトルできるってことですかぁ!ふっふっふ……それなら、ちよりが全員負かせるまで……!今日は忙しくなりそうっすね……!!」
最後のカードを束の一番上に置き、すべてのシミュレーションが終わったちより。
「ふぅー……よし。これで……!」
デッキを持ち、テーブルで「トントン」と角をそろえる。
「でっきたぁ~!」
満足気に笑みを浮かべるちよりの表情を見て、あきらは待ってましたと自分のデッキを取り出した。
「全員に負ける、の間違いじゃない?」
あきらはニヤリと笑い、まずは一戦、と立ち上がる。
「ムキ~!あきらさん、笑っていられるのはいまだけですよ!!」
「「オープン!」」
そして、ふたりがバトルを始めてから少し経った頃――。
「こんにちは~」
ショップの自動ドアが開き、るう子・ひとえ・タマの三人がやってきた。
「え――?どこなんですかぁ、ここは……」
ちよりは明らかにカードショップではない場所にいた。現実とは思えない、よどんだ空に不安定な空気。来たことがあるようなないような、そして少し不気味な――そんな場所。
さっきまでショップであきらとバトルをしていて――そこにるう子たちがやってきたと思ったら、店員がデッキをくれた。るう子、ひとえ、あきら、そしてちよりにも。
手渡されたデッキを見ると、そこにはルリグとなった自分――今の姿ではなく、あのセレクターバトルが行われた“当時の自分”の姿で。服装こそ違うものの、年齢は確かにあの頃の――。
『なんですぞこれぇええ!?!?』
思わず叫び、そのあと気が付くと“ここ”にいたのだ。
「なんなんですかぁ……?」
頼りのない不安そうな自分の声が、辺りに散っていった。
「危ないことに首を突っ込むなって、言ったっすよねぇ……?」
そこに、馴染みのある声が響く。
ちよりの頭の少し上、さっきまではなにも感じながった誰かの気配が、今は確実にある。
呆れ顔をしたこがねだった。
「こ、こがねさん~~~!!ちよりにもなにがなんだか……不可抗力です~~~!!」
半べそをかきながら、こがねを見上げるちより。
「って、あれぇ?こがねさんはどうしてそんなところに?巨人にでもなっちゃったんですか?」
「はぁ…………どうしてって、こっちが聞きたいんですけど?こうなった経緯を教えてくれます?」
ちよりはカードショップにいたところから、るう子たちと合流し、店員からもらったデッキにルリグになった自分がいたことを話した。
「なるほど……」
こがねは少し考えたあと、「多分っすけど……」と前置きをしてから続けた。
「それ、ちよりは本当にルリグになってるっぽいっすね。それで、あたしはセレクターで、今バトルフィールドにいる……」
「え……?ちよりが……ルリ……」
「え~~~~~~!?」
一瞬驚いた様子を見せたちよりだったが、次の瞬間はもう歓喜の表情に変わっていた。
「こ、これがルリグ……!?す、すごいですし、やっばいですしーーーー!?いいネタになりそうすぎ!!!メモメモ……って、メモ帳がないですしーーーーー!!」
興奮しながら、自分の姿を見るちより。メモ帳がないのならこの記憶を忘れないようにしなければと、脳に情景を刻むようにブツブツ言い始める。
「ちょっと……危険な状況かもしれないってのに、なんでも小説のネタにしようとしないでくれます?」
どうしてかはわからないが、自分たちがセレクターバトルにまた巻き込まれているのかもしれないという予想にたどり着くのは容易だった。
もう一つ不可解なのは、ちよりも自分も、見た目が若返っていることだ。ちよりは髪の毛が10年前のような長さになっているし、せっかく時を経て多少大人びることができた表情も、まるで昔と同じ。自分の姿については鏡で見たわけではないものの、目線の高さが違うように思う。あとは直視したくない身体的な違い――今では失った肌のハリや、逆に意図せず得た体の肉付きなど――を感じる。
『くっ。加齢を実感させてくるとは……なんて恐ろしいセレクターバトル……』
「とにかく、フィールドにいるだけでバトルのお相手はいないみたいだし……どうしたもんっすかねぇ……」
ちよりはいまだに興奮したまま、ぴょんぴょんと飛び跳ねたり、逆になにかを考え込む素振りをしたり、せわしない。
「はぁ……」
こがねがため息をつく――と、突然と辺りの景色が変わった。フィールドは消え、見覚えのある風景の中にいる。様子を見るために歩いてみると、次々と場所が切り替わっていく。バトルをした公園、少し寂れた商店街、ちよりと別れた高架下……。
しかし、歪みがある。建物がおかしな形に変形していたり、道と道の繋がりがおかしかったり、突然別の場所にいたり――。
つまりここは、完全なる過去ではない。創られた空間に精神が飛ばされたような……そんな感じなのだろうか?
歩く人々も表情がない、生気も感じられない……こがねはホラーゲームの中に迷い込んだような気味の悪さを感じた。
「こ、が、ね、さーーーん!!ちよりにも外を見せてくださいってばーー!?」
ちよりの声が、かばんの中から聞こえる。フィールドからこの街に移ったときに、カード化したようだ。
「仕方ないっすねぇ、暴れないでくださいよ?」
そう言ってこがねがカードを取り出そうとした瞬間――見知らぬ少女が声を掛けてきた。
『バトル――しませんか?』
少しの間のあと、こがねはあきらめたように小さくため息をついた。
「……まぁ、そうなるっすよね~」
「ふっふ~ん!私がルリグになったからには、勝ちなんてヨユーヨユー!」
ルリグとしてのはじめてのセレクターバトルに勝利し、ちよりはご満悦の様子だ。しかし、こがねとしてはそんなにお気楽には考えられない。
「んあぁ~なんでまたセレクターバトルをしなくちゃならないんすかぁ!しかも、子どもたちを現実に残したまま……!」
もうあんなバトルは、二度と起きてほしくないと思っていたのに。それに、子どもたちのことも気になる。長い間ここにとどまっているわけにはいかない……はやく抜け出さなくては……。
もし以前と同じような仕組みなのだとしたら、『勝ち』を貯めていくことが大事なように思うが――。
ちよりはバトルをする覚悟を決めた。
「こうなったら、かたっぱしから倒していくしかないっす!!いくっすよ、ちより!」
そのあとは、来る者拒まず、むしろ来ない者にも仕掛け、どんどん勝利を重ねていくちよりとこがね。
「ちより!グロウ!」
「は、はいぃ~~!!」
「シグニでアタック!」
「ガード!」
「こ、こがねさん……す、すごい……!」
恐れず、積極的にバトルを進めていくこがねの姿に、ちよりは圧巻されていた。
「これが闘う母の姿ってこと……?」
「はぁ、はぁ……まだダメだっていうんすか?」
負け知らずのまま、次々にバトルをこなしていくものの、この空間から抜け出すことができない。
「ちより的には、もうしばらくココにいても……」
ちよりはそう言いかけて、やめた。こがねの圧を感じざるを得なかったからだ。
「おバカなこと言ってないで、次の相手を探すっすよ――」
こがねが場所を変えようと、振り返った。
「やぁ、こんなところで奇遇だね――」
「まさに小説のような運命、というところでしょうか?」
赤髪のショートヘアで、片目が前髪に隠れた制服姿の少女。そして手に持ったカードには大きなリボンを頭に携えた袴姿のルリグ。
「ふたせ先生~~~~!?」
「アン――」
かつてちよりが憧れ、師とも仰いだ存在「ふたせ文緒」が、あの頃の姿で目の前にいる。ちよりとこがねとは違い、このふたりの立場は当時と同様のようだ。
「もちろん、出会ったからには、僕たちとバトルしてくれるよね?」
ふたせは余裕の笑みを浮かべる。
「ど、ど、どうしましょうこがねさん~~!ふたせ先生とバトルだなんて……ちより、ちより――!」
「だぁ、もう!落ち着きなさいって!大丈夫、私がちゃんと指示しますから!」
「ええ~~でも~~~!」
こがねからしてみれば、ちよりはもうあの頃のちよりではない。自分の力で夢を叶えた、尊敬すべきひとりの人間だ。いくらふたせ文緒に憧れていたからと言って、一生超えられない存在ではないはずだ。もしこのバトルに勝つことができたら――ちよりにもちゃんと自信がつくかもしれない。作家として悩み、足踏みをしている、この子の背中を押してあげられるチャンス――こがねはより一層気合いを入れ、まっすぐにふたせを見据えた。
「いい?ちより。きっと相手は防御が強い……すぐに切り崩せなくても、焦らないことっす。あんたなら絶対にできる。自分を信じなさい!」
「……っ!」
弱気になっていたちよりに、こがねの力強い言葉が響く。目線こそふたせに注がれていたが、その心はしっかりとちよりの元に届いた。
――パン、パン!
ちよりは自分の両頬を叩いてから、ふたせとアンの方に向き直った。
視界のすみにその様子を捉えたこがねは、口角を上げ、自信に満ちた表情で手を前にかざす。
「オープン!」
「……さすが防御を軸に安定した戦い方ができるアン――簡単には勝たせてくれないっすね。ですが……うちのちよりは、もっと――もっと、強いんすよ……っ!!」
自陣のライフクロスも、もうあとがないほど減ってしまった。しかし、だからと言って消極的にはならない。まっすぐな想いをぶつける――それが、ちよりとこがねのウィクロス。
「ルリグでアタック――ちより、すべてをぶつけろーーーーっ!!」
「うぉああああああーーーーーー!!」
ちよりは渾身の一撃をアンに向かって放った。
「ふぅ。文緒、今日のところは退散のようですわね……残念です」
「まぁ、たまにはいいんじゃないかな」
そう会話をすると、ふたせとアンは悔しがる様子も見せず、ひょうひょうとした態度で消えていった。
「や、やった……やったーーーー!!こがねさん!!ちよりたち、ふたせ先生に勝ったああぁーーー!!」
ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねるちよりを見て、こがねはほっと安堵する。
「まじでこがねさんなんなんすか天才なんすか!?ちよりの特性を理解した上で、次から次へと手を考えて……相手の動きを読んでいるみたいな!?」
ちよりのきらきらした目が自分に向けられ、やや気恥ずかしい。
「い、いやちよりが強いんだって。それにほら……勝ってはやく帰らないと子どもたちが心配だしね」
「さっすがーーー子を思う“母親”は違うっすねーーー!!」
――ゴゴゴゴ。
ふたりがバトルの余韻に浸っていると、突然辺りが不穏な音を立てて変容していく。今までよりも禍々しく、明らかに今までとは違う雰囲気が漂っている。
そして向かい側に、新たなバトル相手の姿が現れた――エルドラをルリグに据えた、あの頃のちよりだ。
「……まさかとは思うっすけど」
「自分たちと戦うってことーーーー!?!?」
用意されたような展開――このおかしな現象の目的は、最終的にかつての自分たちと戦わせることだったのだろう。誰の“願い”なのかは知らないが、今のちよりとこがねにとって、昔の自分たちなど、恐るるに足りない。
『エルドラ、ここはちよりが敵をこてんぱんにやっつけてやりますから!』
『はいはい、お好きにどうぞ~』
無鉄砲で単純なちより、友好的に見えて本心が見えないエルドラ――。
「こがねさん……ちよりって、あんな感じでしたっけ?」
「……あんな感じでしたっすね。けど今は――違うんじゃないっすか。少なくとも、努力と実力で得た『自信』があるんだったら」
「こがねさん……。こがねさんも、『母親』になってから変わったような~?守る者としてのまっすぐな本物の強さっていうかぁ」
「……なんのことやら」
こがねは大きく伸びをしてから、態勢を整える。
「さぁ、さっさとあいつらを倒して、現実に戻るっすよ!」
「もちろん!今更過去の自分なんて、怖くなんか――ないっ!」
ちよりのスキルが一番刺さる盤面に整えていくこがね。相手のちよりは思うように展開ができず、半泣きでエルドラにアドバイスを求めている。
「準備はいいっすか、ちより。最後のアタックですよ」
「おっけー、こがねさん!これが……ちよりの力――!」
「――必殺!
いっけぇぇーーーーー!バーニングチョリソォ――!!」
――数か月後。
「ちより先生、子育ての合間に小説読んでます!アニメも楽しみにしてます!」
「ありがとうございます、うれしいです!」
幼稚園ぐらいの男の子を連れた女性と握手をするちより。小説にサインを書いて手渡すと、とても喜んでくれた。
今日は書店で、ちよりの新作の発売記念に、サイン会が開催されている。新作シリーズのタイトルは『転生したらレベル1のママ勇者だったけど無双してみた』。最近流行りのいわゆる“転生もの”だが、まさかの主人公が異世界で“ママ”であるという突飛な設定だ。子どもを育てつつ、母親の知恵や強さを活かしながら悪者やモンスターを倒して世界を救っていく。そんなカッコイイ母親の姿に、様々な層の読者から人気が出ることとなった。
特に本来あまり小説やアニメのターゲットとされずに、市場の白地となっていた「子育てをする母親」にも注目されるようになり、こうして実際サイン会に足を運んでもらえるのだから、業界にとっても異例の作品なのである。
すでにアニメ化も決まっており、さらにライト層にも触れてもらえることだろう。
少し前までは鬼の形相でちよりを追いかけまわしていた編集担当も、最近では笑顔でちよりの好きなお茶やお菓子を持って打ち合わせに来てくれている。何事も余裕があるということは――いいことである。ちよりはそう思う。
このシリーズを始めるにあたって、ちよりはこがねにアイデアを話していた。主人公の設定に思い当たる節がありまくるこがねは、最初こそあまりいい顔をしていなかったが、「ちよりがどうしても書きたいなら」と了承したのだった。
あの、過去のような空間に飛ばされてこがねとともにふたせや自分と戦った出来事――あとからるう子に聞いたところによると、ショップの店員に扮していた女の子の思惑だったらしい。
不思議な体験だったが、あれを経たからこそ得られたものがある。もしかしたら、その店員に感謝するべきなのかもしれない。
「次の方、どうぞ~」
スタッフに促され、次のお客さんが通されてきた。
「主人公が子どものおやつを買った帰りに騒動に巻き込まれて、はやく帰らなきゃならないからって敵を即ボコボコにして帰るシーンが好きです!」
具体的に好きな話をあげてくれる読者さんも結構いる。たくさん読んでくれているんだろう。自分の生み出した物語が、誰かの心に残る――本当にやりがいのある仕事である。
「主人公って、誰かモデルがいるんですか?」
「え?」
想像していなかった質問に、思わず思考止まってしまった。すぐにちよりは一瞬考え、秘密にすることでもないしな――と、素直に答えることにした。
「私が一番尊敬している、大切な相棒です!」
おわり
