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打破
「はっ……な、なに!?」
あきらは気が付くと、カードショップではないどこか別の空間にいた。
ちよりとバトルをしているときに、るう子たちがやってきて――そして、店員からデッキを渡された。その中には、自分の姿が描かれたルリグのカードがあって――驚いた瞬間に意識が遠のき……そして目が覚めた。
「ちよりー?るうるうー……?」
誰の反応もない。
改めて辺りを見まわすと、いつもより空が広く――しかも異様にまがまがしい。
「なんなの?デスゲームでも始まっちゃったとか……!?でも……この感じ、どこかで……」
床の模様にも見覚えがあった。これは……ウィクロスをするときにライフクロスを設置する場所、そして自分がいるのは――ルリグの場所。
「これって、もしかして――」
あきらの中で、今の状況の答えが導き出されようとした時――。
「これは……セレクターバトル……?」
後ろから声が聞こえ、あきらは反射的に振り向いた。しかし、そんなあきらのことが目に入っていないのか、その声の主――清衣は独り言のようなつぶやきを続ける。
「どうして……夢限少女のループは終わったはず。それも、何年も前に……。もしかして、新しいバトルが?だとしたら誰が……」
あきらは、清衣の視界に入るために、ぴょんぴょんと飛び跳ねてアピールをする。
「ちょっと!清衣!おーい、私の存在を無視するなーー!?ねぇ?見えてますかーー!?」
少しして、清衣はやっとあきらに目線を向けた。
「そんなに騒がなくても、見えているわ」
「じゃあもっとはやく反応して!?」
「納得がいかない」とむくれるあきらだったが、自分だけでなく清衣までここにいることに対しては、少し違和感を覚えた。
「てか、清衣まで……どうしてここにいるの?」
「どうしてって……それはこっちのセリフ。カードショップでウィクロスをするんじゃなかったの?」
しかし清衣からしてみれば、この状況すべてが謎である。
「してたんだって!なのに……絶対あの店員のせい!ショップの店員が、私たちがルリグになっているカードを渡してきて……そうしたら、こうなってたんだから!今思えば、今まであんな店員見たことなかったし……怪しすぎ!」
あきらの話を聞く限りでは、確かにその店員に関係なくはなさそうだ。なにが目的なのかは、まったく想像がつかないが……。
「でも、はじめてルリグになったけど……ちょっとおもしろいかも。それにかわいいし!」
現実では着られないような、ポップでかわいい衣装の姿の自分に満足そうなあきら。スカートをひらひらさせながら、まわったりポーズをとったりしている。
「でもあきら、あなた……見た目が若返っているみたい。セレクターバトルをしていた、あの頃くらいの姿のように見えるけど……」
「えっ、そうなの!?確かに……髪の毛の長さが昔ぐらいあるかも?あ、でも、清衣もそんな感じだよ?」
「私も?そう、なるほど……」
清衣は再び考え始める。
「目的は過去の再現……?でも、私とあきらが組んでいたときは、私がルリグだった――どうして逆なのかしら。とりあえず、バトルをするべきなのかもしれないけど……」
相手がいない、と言おうとしたところで、突然風景が変わる。清衣は、学生の頃よく歩いた街並みの中にいた。
「ここは……」
確かに見覚えのある場所だが、少し彩度がおかしい。白黒に近いというかセピアというか……まるで昔のフィルム写真を見ているかのような感覚。きっと、ここは中学時代の――。
「過去でなにかをしろということ……?」
清衣が辺りを探索しようとした時、下の方からあきらの声が聞こえた。
「やーん!なんか薄暗いところに来ちゃったんだけど!?清衣は!?てかちょっと寒いし!」
バトルフィールドから切り替わった際に、ルリグであるあきらは、自動的にカードの中に入ったのだろう。清衣はセレクターとルリグのどちらも経験しているため、ルリグのときにどういう状況や感覚になるかがわかる。
清衣は手元のカードを持ち上げ、自分の方に向けた。
「それが、“ルリグ”よ」
「清衣~!びっくりした~……突然ひとりの空間に閉じ込められるなんて……!なんかルリグって……孤独かも。ピルルクたんってばこんな感じだった?」
あきらのその言葉に、清衣はなにも答えなかった。
「これ、元に戻れなかったらどうしよう~。かわいいのはいいけど、ずっとこのままは困るんだけど!」
「出口となる場所があるのか、あきらの言う店員がどこかにいるのか……街の中を探しつつ、今私たちにできることをしてみるしかないわ」
「できることってつまり……」
「「――セレクターバトル」」
「ふぅ。こんなに“誰が”セレクターか”って、はっきりわかるものなんだ~。なんていうか……『こっちだ』って、本能的に感じ取るというか……」
「そうね」
「…………」
あきらは、素っ気なく答える清衣をじっと見つめた。バトル中も感じていたことを、本人にぶつけてみる。
「……清衣、なんか機嫌悪い?」
淡々としているのはいつものことだが、今はどちらかというとぶっきらぼうというか……ただ口数が少ないだけではない感じがする。
「……別に。そんな自覚はないけれど」
「ええ~?絶対なんか変!それか……考え事してるとか?」
「……今はセレクターバトルに集中しているつもりではいたけれど……そう言われてみれば、ひとつ心に引っかかっていることはあるかもしれないわ」
「えっ、なになに!?先にそっちの解決をした方がいいんじゃない?」
清衣はさきほどバトルをした公園から出て、横断歩道を歩く。空間が安定していないのか、ところどころノイズが走ったり、時折まったく別の場所の風景が映り込んだりしている。
「……仕事のことだけれど……転職をするべきなのかと思って」
「あーなるほど、転職ね。やっぱ働いていると、そういう悩みって出てくるよね――って、転職ううううう!?それってうちの会社から別の会社へってこと!?」
「そういうことになるわね」
清衣が突然とんでもないことを言い出すので、あきらは面を食らってしまった。カードの中から話しているとは思えないほど大きな声が、この不思議な空間に響く。
「なななななんで!?どうして!?今朝だって仲良く一緒に仕事してたのに!?」
「……あきらはすぐ問題を起こす上に――その解決はすべて私任せ。仕事は増える一方で、そうなれば私だって人並に疲れはする。それにこのままだと、あなたのためにもならないわ」
清衣なら大丈夫と、あきらは安心しきって任せていたが、清衣だってロボットではない。自覚のありなしに関わらず、少しずつストレスが蓄積されていった結果――清衣の中で、転職という選択肢が出てきてしまった。それだけではなく、自分がいるせいで、あきらは問題を丸投げするのではないかとも思った。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!?謝るから、転職はやめてー!!」
しかし、清衣がいなくなってしまったら、今の会社が破綻することは目に見えている。あきらにしてみれば、清衣を失うわけにはいかない。
「別に謝ってほしいわけではないわ。謝ったからと言って、問題は解決しない――」
「ぐうっ……!正論じゃ清衣に勝てない……!でもぉ~~」
「とりあえず今はバトルをしなければいけないから、あきらと組んで戦うけれど……無事に現実に戻ったあかつきには、身の振り方を考えされていただきます」
まるで目の前に辞表をつきつけられているような状況……あきらにとっては、むしろバトルどころではない。
見知らぬ少女が次のバトルを仕掛けてきているが、なかなか集中できずに――そしてまた清衣に注意をされることになってしまうのであった。
「あきら――真面目にやって頂戴」
「……っ!そんなこと言われてもね……」
ただでさえ連戦で疲れてきているところに、精神的なプレッシャーもある。あきらは清衣以上に、『心ここにあらず』という状況で、戦況はやや不利な状況に陥っている。
「まったく……あきらは感情に流されすぎ。その時のことに気を取られて、先のことを考えないし――もう少し視野を広く持つべきよね。なんとかなるって、問題には向き合わないし……。――ただ、ひとつのことに全力投球なのは、あなたの長所ではある。少し過度になりすぎるところもあるけれど、真剣であることには変わりないわ。今だって、ちゃんとルリグとしてバトルに集中すれば、たいていの相手なら余裕で――」
そこまで清衣の言葉を聞き、あきらは思わず表情が緩んでしまった。
「……って、どうしてニヤニヤしてるのよ」
「だ、だって……清衣、早口オタクみたいになってるって。しかも、結局私のこと褒めてるんだもん。アハハ……清衣って、変なの!」
嬉しそうにケラケラと笑うあきら。清衣は予想外なことを指摘されて、戸惑いを隠せない。
「……っ!べ、別にそういうつもりじゃ……私は単に事実を言ったまでで……」
「あははは~もう、おかしっ。――でも、そうやっていいところも悪いところも、ちゃんと見てくれているのが、清衣らしいよね」
「ど、どっちにしろ転職を考えるのは変わらないわよ。もうこの話は終わりっ!バトルに集中して!」
そして清衣の戦略のもと、バトルを進める。まずは不利な盤面から、こちらが戦いやすい状況に立て直す。受けるダメージは最小限に抑えつつ、相手の様子を見ながら、ダメージを狙えるタイミングをうかがう。
仕事と同じように頼りがいがある、セレクターとしての清衣。しっかりとあきらの特性を活かすために整えられたフィールドは、あきらにとっても『心地がいい』ものだった。
自分がセレクターだったときは、どんな戦い方をしていただろうか――あきらは振り返ってみる。自分の存在を証明するために、行き場のない気持ちを発散するために、誰かの気を引くために――ルリグたちがどう感じるかなんて、考えてバトルしたことがあっただろうか。
相棒というよりは、自分の物のように扱っていたと言われても、否定できない。
「よ~し、楽勝楽勝♪さすが清衣!」
「あきらが集中してくれていたしね」
デッキを片付けながら、満足そうな表情をしている清衣。しかし、内心では警戒をしている。もし本来のセレクターバトルと同じであれば、バトルによって想いや願いが蓄積されていき――いつ空間に変化が起こるかわからないからである。あきらが話していた店員とやらが、現れる可能性だってある。
『あっれ~?もしかして、あなたセレクターですかぁ?アハ、なんか弱そうでよかった~あきらっきー♪』
清衣は、デッキの一番上に置いたカードに目をやった。カードの中では、あきらが自分の口元に手を当てて、ぶんぶんと頭を横に振っている。
この声は“この”あきらではない――ということは、つまり。
『あきら、見た目で相手の実力を判断するのは……』
『はいはーい。ピルルクたん、うるさーい。うちのババアかっての』
「うーん。今、昔の自分の態度を目の当たりにするのって……ちょっとツライかもぉ……」
目の前にあらわれたのは、当時のあきらと、カードの中にいるピルルク――つまり清衣だ。向こうのふたりは、こちらが未来の-自分たちだとは認識していないようである。単にセレクターバトルの相手としか、見ていない。
「過去の自分と戦えってコト……?」
「おそらくは」
「なるほどねー……よくわからないけど、勝てばいいんでしょ勝てば」
再びまがまがしさを増すバトルフィールドに立ったあきらと清衣。あきらは自信ありげにルリグの位置についた。
「でも、気を付けてあきら。ピルルクの能力はピーピング・アナライズ……対策をしなければ、すぐに不利な状況に持ち込まれてしまうわよ。なにか作戦を……」
もしここで過去の自分たちに負けてしまったら、どうなってしまうかわからない。確実に勝利するため、慎重にいくべきだ。清衣は脳内で思考を巡らせ、堅実な道を模索しようとしている。
しかし、あきらはそんな様子の清衣を制して、言った。
「大丈夫。モデルや社長としてたくさんの人と関わっていく中で、相手の心の内を読むのは得意になったんだから。向こうがなにか仕掛けてきそうなときは、感じ取れると思うんだよね。……まぁ、一番近くの人間の心は読めてなかったんだけどね」
あきらは肩をすくめて、ため息をつく。
確かに、清衣から見ても、厄介な相手と接するときに意外とうまく立ち回っているなと思ったことがある。自分ではああはいかないだろう。
「それより……難しいことは考えないで、とりあえず、昔の私をぶっ飛ばすのはどう?」
あきらはファイティングポーズをとって、「シュッシュッ」とパンチをするジェスチャーをする。
「清衣は私へのうっぷんを晴らせるし、私は好き勝手やってくれた過去の自分に一発食らわせたい気分だし。いい機会だと思うんだけど♪」
そして対岸を見たまま、言葉を続けた。
「――現実に戻ったら、起きてしまった問題には向き合うし、そもそも言動にも気を付けるようにする。ただ……やっぱり清衣が必要な場面はたくさんあるから、そういうときには手と知恵を貸してよ」
エヘヘ、と苦笑いをしながら清衣の方に顔を向ける。
あきらは、清衣が仕事をやめようかと考えるほどに思い詰めているとは、思ってもいなかった。仕事としてお願いしている以上は、公平であるべきだ。誰かひとりに負担がかかりすぎてしまうのは、確かにいつか破綻する。それに――自分が楽しく仕事をしているのに、清衣が苦しいのは単純に嫌だと思った。
いまだに傍若無人に見えるあきらでも、自分のせいでせっかくできた友人を失うのは悲しい。
そして、清衣はあきらからの思いがけない言葉に、少なからず驚いていた。軽い言葉と態度の裏に、本当の心の端を感じることは過去にもあったが、しっかりと言葉で伝えてくれたことはなかったように思う。とは言え、今はこうやって向き合ってくれている。あまりにもいろんな過去があったが、過去は過去であり、彼女の変化も横で見てきた。改めて、そういう人間なのだと確認できただけでも、清衣にとっては嬉しい出来事だ。
「……向こうのルリグはピルルク。つまり、実際にぶっ飛ばされるのは私なのだけど?」
「え、あー……えっとー……それは言葉のあやっていうかぁ。概念的に?っていうかぁ……」
清衣からのするどい指摘に、もじもじしているあきら。
なにかいい説明はないかと考え――考えているうちに、顔面に氷弾が飛んできた。どこから発せられたものなのかは、わざわざ確認をしなくてもわかっている。
「ってぇ!!ぜってーぶっとばしてやんよ!!」
口の悪いあきらを見て、清衣は、珍しくなにかを企むように、少し笑った。
「ただ……確かに、すっきりはするかもしれないわね。こうなったら、ついでに過去のあきらの性根を叩き直してあげようかしら」
「清衣……ピルルクたんってば、ああ、そうそうそんな顔だったね」
軽口をたたくと、心が軽くなった気分になる。
「――いける」
ふたりはそう思った。
「あきら、正面突破よ!」
「OK!とりあえず、歯ぁくいしばっておきな!」
「ルリグでアタック――!!」
攻撃に次ぐ攻撃。相手が優位に立つ前に、その芽を絶っていく。
いつもは脳内に張り巡らせる思考や計算も、今回だけはなしだ。その圧倒的な勢いに、どんどん相手も焦っていき、自らミスを起こす。
「これで、最後――!」
「はぁ、はぁ……勝っ、た……こんな、むちゃくちゃな……」
バトル後、清衣は肩で息をしていた。体も熱く、汗ばんでいる。
「あは、あはは、あはははは……!」
「き、清衣……?」
清衣が声を出して笑っている、しかも頬を染めながら。あきらはそんな清衣を見たことがなく、思わず目を見張った。
「こんな戦い方、はじめて……!全力投球、って感じね……!」
「……無計画っていうのも、たまにはいいでしょ?」
「そう、かもね。まったく……本当にあなたといると、いろいろなことを経験させてくれるんだから――飽きないわね」
そう言って清衣がほほ笑むと、不可思議な空間が消えていった――。
「例の件は、ごまかさずにしっかりと説明したことが、真摯な態度だってことでいい評価に繋がっているわね。逆にあの暴露系Youtuberは、立場が悪くなっているみたいだけど」
「はぁ~よかった~!じゃあ一件落着ってことで……」
「でも、やっぱり過去の過ちでも許さない、っていう人は一定数いるから……。ひとえさんたちにお願いして、ウィクロスで遊ぶ風景を使わせてもらったのも効果があったようね」
「はい……みなさんのおかげです、ありがとうございます」
あきらは机の上に突っ伏すようにして、反省の意を表明した。
――かと思えば、すぐに頭を勢いよく上げ、前のめりになって清衣に顔を近付けた。
「で、次にやりたいことを思いついちゃったんだけどー♪」
「な、なに……」
その勢いに、清衣は思わず身を引いてしまう。
「こ、れ!」
取り出したのは、あきらが珍しく作ってきた企画書だ。そこには、『カードショップの買い取り、再建について』と、タイトルが書かれている。
「今までのカードショップは、独特の雰囲気があり、入りにくい場所になっているのではないか」というところが切り口だ。内容としては、例えばカフェを併設することでもっと気軽に入れるようにしたり、自社ブランドの化粧品も取り扱って女の子の憩いの場として活用してもらったり――新たなカードショップの姿を提案するものだった。
「なるほど……確かに視点としてはおもしろいかも……」
清衣も思わず感心するほどの内容になっている。こういうアイデアが出てくるところが、あきらのすごいところだ。
「とはいえ、これを実現させるには、どんな権利や条件をクリアすればいいのか――調べることも多そうだし、途方もないけれど……」
アイデアを単なる「妄想」ではなく、利益なども考えた「事業」として成立させる――カリスマと一緒に仕事する上で、“右腕”に必要な技量は、まだまだたくさんありそうだ。
「やっぱり転職したい?」
自分の無茶ぶりを自覚してか、あきらは清衣の顔を覗き込む。清衣は少しいじわるそうな表情を浮かべながら、自分の席に戻っていく。
「さぁどうでしょう?人の考えを読むのは、得意なんでしょう?」
おわり
