埼玉県所沢市にある「国立障害者リハビリテーションセンター」では、幼くして手を失ったり、先天性上肢形成不全によって生まれつき手や腕のない子どもたちに向けた「筋電義手」の訓練が行われています。実はその訓練で長年取り入れられているのがプラレールを使ったアソビ。本企画では国立障害者リハビリテーションセンターの義肢装具士である中村隆さんと作業療法士の木村麻美さんに、数あるおもちゃからプラレールが選ばれた背景や理由、上肢障害をもつ子どもたちのウェルビーイングにアソビがもたらす可能性について語っていただきました。
国立障害者リハビリテーションセンター研究所
義肢装具技術研究部
中村 隆さん
写真関連メーカー勤務を経て義肢装具士の道へ。使う人に合わせた扱いやすい義手や義足の研究・製作を続けながら、その成果を外部に発信する役割も担っている。
国立障害者リハビリテーションセンター病院
リハビリテーション部
木村 麻美さん
作業療法士として障害者のリハビリテーションに従事。現在は主に身体や脳機能にハンデを負う方々を対象に、機能回復のための訓練や社会復帰に向けたサポートを行う。
国立障害者リハビリテーションセンター
二人が勤務する国立障害者リハビリテーションセンターは、日本における障害者向けのリハビリテーションの中枢機関。中村さんが所属する「研究所」、木村さんが所属する「病院」だけでなく、日常生活への復帰や就労準備などをサポートする「自立支援局」、医療やリハビリの専門職を育成する「学院」、さらに「企画・情報部」「管理部」という計6つの部門で構成される。「専門職の養成から患者さんの支援まで行う統合施設は世界的にもめずらしいです(中村さん)」
訓練にアソビを取り入れることの大切さ
まずはお二人の業務内容と役割について教えてください。
私は手足を失ってしまった方のための義肢製作と、フィッティングを行う義肢装具士という仕事をしています。義手や義足というのは作る技術はもちろんですが、その人に合うようにミリ単位で細かく調整するフィッティング技術も同時に求められます。
私は障害のある方が社会生活に円滑に復帰できるよう、基本的な日常生活の動作練習や、生活のニーズに合わせた支援をする作業療法士をしています。身体障害だけでなく、発達障害や高次脳機能障害の支援を行っており、特に形成不全のお子さんに対しては、乳幼児から長期的なサポートをしています。
訓練にプラレールが用いられている「筋電義手」について教えてください。
筋電義手というのは筋肉を動かす際に発生する「筋電」という電気信号を用いて義手を制御するもの。たとえば肘から先がない方の場合は、残存している上腕部に電極をつけて筋電を採取し、その微弱な電気信号で手先と連動したモーターを制御するといった具合です。
筋電義手の使い方を習得するには地道な訓練が必要ですが、うまくコントロールできるようになると、物を持つ際に自然と義手を使用できるようになります。
子どもたちが行う筋電義手の訓練にプラレールが取り入れられたきっかけについても教えてください。
以前は筋電が出るとLEDがオレンジや赤色に光る「筋電計」という機械が訓練に用いられていました。でも光るだけでは小さいお子さんにとっては面白くありません。
ほかにも、目の前にある物をひとつずつ別の場所に移して片付けていくというゲーム感覚の訓練もあるのですが、やっぱり子どもたちが食いつくのは動くおもちゃ。自分が働きかけることで物が動くという体験が楽しいし魅力的なんです。
そこで筋電義手のエンジニアが訓練に使える動くおもちゃを探し回り、最初に見つけてきたのが海外製の鉄道玩具でした。筋電義手の訓練用に作られた製品で、車両やレールの作りは細かくて精巧なのですが、子どもが遊ぶとすぐに壊れてしまいました。このときに「日本にはプラレールがあるじゃないか」と閃いたんです。小さな子どもでも手軽に走らすことができて、何より安全で丈夫。そんな流れから「プラレールで筋電義手のトレーニングができたら?」という話が膨らんでいきました。早速研究所でプラレールを購入し、エンジニアが各部に手を加えながら筋電で動かせるシステムを完成させ、実際に子どもたちの訓練に使用しはじめたのが2013年のこと。みんなすぐに気に入ってくれて、性別問わず楽しそうに遊んでくれましたね。
訓練に使用されるプラレール一式。レール、車両、グリップマスコンは市販のもの(商品名:キミが運転!グリップマスコン)。
写真右上はアームバンド型の筋電センサーと筋電の信号を変換するスイッチ。
写真右下にある義手内部に、筋電を採取するための電極が埋め込まれている。
実は同じ時期にラジコンやクレーンゲームを使った訓練も試してみたのですが、子どもたちが目をキラキラさせて没頭してくれたのは断トツでプラレールでした。訓練である以上、10秒や20秒で飽きてしまうものではだめなのですが、その点プラレールには子どもたちを惹きつけるものがありました。
プラレールを使った訓練を続ける中で、子どもたちが意外な反応を見せることはありましたか?
もともとは筋電でプラレールを遠隔操作してもらうのが狙いだったわけですが、いつの間にかレールと同じ高さまで目線を下げて、車両を直接転がして遊びはじめるお子さんもいて「ああ、やっぱりこうなるんだ」と(笑)。
だからこそ、無理に訓練を強いるのではなく、じっくり時間をかけて向き合うようにしています。何ヶ月にもわたって訓練を続けているうちに、突然、筋電で遠隔操作して遊ぶことに夢中になるお子さんが多いからです。一度夢中になると見る見るうちに操作スキルが上達して、思い通りに走る方向を変えたり、駅に近づくと速度を落としてピタッと停車させることもできるようになるんです。
自分でレールを組んでコースを作れるのも大きなメリットですね。創造力が養われますし、レールの着脱には両手の力が必要なので、義手とそうでない方の手を上手に組み合わせた動作の練習もできる。さらにはお友だちと一緒に遊ぶと協調性や社会性も育まれるので、プラレール遊びによる訓練は本当にいいことずくめです。
本人も知らなかった能力が、楽しい体験を通して発揮されていく。そんな姿を見るのが私たちとしてもとてもうれしいです。
直接車両を転がすといったアナログなアソビを通じても義手の扱いは上達していく。
子どもたちの将来のウェルビーイングのために
子どもたちの筋電義手の普及・啓発のために、国立障害者リハビリテーションセンターは先日の2025年日本国際博覧会(以下、大阪・関西万博)でブース出展を行ったそうですね。
これまで医療職やエンジニア向けの研修会は行ってきたのですが、我々の取り組みを一般の方々に広く知っていただく機会はありませんでした。そのため大阪・関西万博では子ども用の筋電義手を楽しみながら知ってもらうべく、筋電義手の手の開閉体験、筋電義手を使った積み木の積み上げ体験、そしてプラレールの操作体験ができるコーナーを設け、連日たくさんの来場者の方々に筋電義手の扱い方を体験していただきました。
10年以上にわたって研究という名目で独自にプラレールの改造や訓練を行っていたので、実はこの活動を大々的には発信していませんでした。そこで大阪・関西万博への出展を機に、あらためてタカラトミーさんにも声をかけ活動を公認していただき、改善のアドバイスもいただきました。おかげで大阪・関西万博というまたとない場で、「遊びを通じた上肢障害小児のウェルビーイングの向上」を分かりやすく発信することができたと思います。
大阪・関西万博での市販のプラレールに特注のコントロールシステムをセットした体験コーナー。腕に筋電センサーを巻き付けて手首を前後に曲げたり反らしたりすると、プラレールを前進・停車・後進させることができる。
最後に子ども向けの筋電義手の普及において、おもちゃやアソビに期待することがあれば教えてください。
つい最近、印象的な出来事がありました。以前ここで筋電義手の訓練を積んだものの、煩わしさもあって小学校入学と同時に使うのをやめてしまった子がいたんです。その子が中学生になったとき、再び筋電義手を使いたいと言ってくれました。きっかけとなったのは部活動とスマホ。自分自身でやりたいことを見つけ、それを叶えられるのは何かと考えたときに筋電義手のことを思い出してくれました。再びチャレンジしようと決めた背景には間違いなく、幼少期のプラレールを使った楽しい訓練経験があったはずです。
筋電義手の習得には時間がかかるので、すぐに上手くいくものではありません。でも、いざというときに頼れるツールとして筋電義手という選択肢をもっておいてもらうためにも、小さいうちから訓練をしておくことには大きな意味があります。プラレールを使った訓練がやがて、子どもたちが自身の力で可能性を切り拓いていく際のきっかけになってくれるとうれしいですね。
筋電義手の訓練をするSくんの
お母さまにインタビュー!
1歳9か月の時に、病気の治療の過程で左手を失ったというSくん。5歳となった現在は、月に1回のペースで国立障害者リハビリテーションセンターに通いながら筋電義手の訓練に励んでいます。筋電義手の開閉で上手にグリップマスコンを握り、利き手である右手でハンドルをコントロール。夢中になってプラレールを走らせていました。「体の左右バランスを維持するために義手の装着と訓練をはじめました。小学校に入ると両手を使わなければならない動作が増えるので、小さい頃からこうした訓練ができることに、とてもありがたい思いでした。親としては左手を失ったことを制約だと思わず、むしろ社会とポジティブなつながりを持つためのきっかけだと捉えてほしいと考えています。本人もとても前向きで、プラレール遊びを通じて『筋電義手ならこんなこともできる』という実感を得られているようです。ちなみに本人は食いしん坊なので(笑)、自分でお茶碗をもってご飯をかきこんでみたいとよく言っています。その夢を一日でも早く筋電義手で叶えてあげられたらうれしいです」
タカラトミー プラレール事業部 部長
笠井直樹
プラレールは発売から65年以上が経つタカラトミーの定番商品で、アソビながら想像力が養えるおもちゃです。これまでプラレールは様々な“アソビ”を発信してきましたが、筋電義手の訓練でプラレールが使われていると聞いたときはとても驚きました。また、車両を走らせるだけでなく、レールをつないだり、駅やトンネルを置いたり、最後の片づけに至るまで義手を使って遊んでくれているというのは、プラレールに関わっている私たちみんなにとってとてもうれしいエピソードでしたし、なにより市販されているプラレールをそのまま使い、みんなと同じようにアソビながら訓練しているというところに、私たちの考え方にとても近いものを感じました。今回お話を聞かせていただいたことでおもちゃが持つ新たな可能性に気付けましたし、今後もプラレールを通じて、小児筋電義手の普及活動にご協力できればうれしいです。
知っておきたい義手のいま
義手とは、事故や病気によって失われた手の機能を補うために使用される人工の手のこと。自身の体幹や肩甲骨などの残存部を動かすことで義手を制御する「能動式」と、筋電義手のようにモーターとバッテリーによって制御する「電動式」の2種類に大別されます。現状では「これを装着すれば自由自在」といった万能の義手はなく、食事、トイレ、パソコン作業、運動などシーンに合わせて手先の形状が異なる義手を使い分ける必要があります。
実は50年ほど前から実用化されていた筋電義手にも、さらなる普及に向けた技術向上の余地がまだまだあるのだそう。「タカラトミーさんとの協働をきっかけに、筋電義手を試してみようと思ってくれるお子さんや、より自由自在に動かせる筋電義手の開発に協力してくれるエンジニアが増えてくれることを期待しています(中村さん)」